未来志向で生きていこう

変化を味方にして楽しく豊かな人生を

美徳と便利さ追求の狭間で

  1. 共同体の美徳は、資源の制約から生まれた「生存戦略」

かつての共同体では、「諦める」「耐える」「我慢する」「自己犠牲」こうしたことが、共同体の秩序を守るための知恵でした。

資源が限られていなかで、みんなが欲しいものを欲しいだけ得ることは不可能です。 欲望を抑えることが美徳となり、その美徳を共有することで連帯が生まれました。

つまり、美徳とは“制約の中で生きるための文化的技術”でした。

 

  1. 市場経済と福祉制度は、その美徳を“障害”とみなす

一方で市場経済は、基本的に「欲望を肯定」「我慢を否定」「もっと便利で快適に」という論理で動きます。だから、共同体が大切にしてきた美徳はしばしば“邪魔”になります。

たとえを挙げれば・・

  • 美容整形

「親からもらった身体を大切に」という価値観は 市場から見れば“消費を抑制する規範”。

価値観が薄れると、産業が発展する。

  • 子育て

「母親は常に子どものそばに」という価値観は 外部サービスの利用を抑制する。

価値観が変わると、子育て支援ビジネスや福祉が発展する。

つまり、市場経済は伝統的な美徳を“溶かす力”を持っています。

 

  1. けれども、美徳は一方向に消えるわけではない

美徳は市場によって消えるだけではなく、 常に“物語”として強化される力も働きます。

「献身的な母親の美談」「母の愛は無償」「母親は強くあるべき」・・こうした物語は、 市場が拡大して、逆に強まることすらある。なぜなら、人は変化の速い社会の中で“揺るぎない価値”を求めているから。

その結果、一方で市場は「便利さ」を提供し、他方で文化は「美徳」を守ろうとし、個人はその板挟みになります。

 

  1. 価値観の対立は、母親の心の中で激しく起きる

この対立のしわ寄せが、今の子育て中の母親には集中します。

  • 市場は「外部サービスを使えばいい」と言う
  • 伝統は「母親は献身的であるべき」と言う
  • 社会は「選んだのはあなたでしょ」と言う
  • SNSは「完璧な母親像」を突きつける

こんな状況では、母親の自己肯定感が下がるのも当然に思えてしまいます。

 

かつては「みんな同じだから」苦労も共有できた。 でも今は、同じ苦労をしている人が周りにいないかもしれない。 承認も共感も得られないかもしれない。

そんな中で、「自分の選択の結果としての生活」「自分の選択の結果としての苦労」「自分の選択の結果としての孤独」すべて自分で引き受けて肯定しなければなりません。・・これは本当に酷な状況です。

 

  1. その姿を見て、若い世代は学習する

「子育てママの方が不幸」「母親になると人生がしんどい」「自己犠牲を強いられる」「しかも誰も認めてくれない」・・・若い世代はそう感じとります。

人間は、未来に希望があるときに挑戦するし、未来に苦痛が見えるときは避けるもの。

 

これでは少子化が加速するのも、しかたなく思えてしまいます。

 

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「比較」ではなく「物語との整合性」で選ぶ

私たちは日常のあらゆる場面で「比較」を求められます。 仕事、収入、結婚、家族、キャリア、SNSで見える他人の生活。 30代後半にもなると、その比較の重さもじわじわと効いてくるもの。

「他人より上か下か」「世間的に正しいかどうか」「みんながどうしているか」、これらはすべて“外側の基準”。 外側の基準に合わせる選択の連続では、どこか息苦しいもの。

比較を通して私たちは、いつのまにか“他人の物語”に巻き込まれ、右往左往してしまいます。

大事なことは、 「自分の物語との整合性」で選ぶ という視点でしょう。

 

普通の幸せが消え、普通の生き方が消え、成長パターンも自分でデザインする時代・・・こんな時代だからこそ、私たちは“自分の物語”を強く意識する必要があります。

人はそれぞれ自分の物語を生きているという前提が大切 。

 

そして自分の物語を明確にすれば、選択の基準が安定して迷いが減ります。

未来から逆算することで、選択をシンプルにする。

「どんな自分になりたいか」「どんな未来へとつながっていきたいか」「育てていきたい物語に合っているか」。

 

比較は、他人の物語に自分を合わせる生き方。 物語との整合性は、自分の未来に自分を合わせる生き方。

あなたはこれからの人生を、 どんな物語として育てていきたいでしょうか。

 

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ユニークな成長曲線を描く


お父さんお母さんが子供のころは、「普通の幸せ」をめざす「普通の生き方」がありました。
「用意されたレールの中から自分に合いそうな一つを選び取って、そのレールに沿って真面目に歩んでいれば実りある人生が送れる」、そう信じられていた時代でした。

 

けれども今は、敷かれたレールの上で実り豊かな人生を歩めるのは少数派です。
「普通の幸せ」が無くなって「普通の生き方」も無くなりました。
幸せのカタチは一人ひとりが自分で決めることになり、そしてそれぞれの幸せを手にする生き方も、一人ひとりが自分で探し出すものになりました。

時代は移り変わるけれど、豊かな人生を歩むための変わらない条件が一つあります。それは、自分を成長させること。変わったのは「成長」の中身です。

 

身分や性別で生き方や役割が決められていた時代が長く続いていました。男の子は父親の姿を見て、女の子は母親の姿を見て育ち、同じように生きるのがキホン。
伝統的な社会で人が成長することは、基本的には「予め決められた成長パターンに則って成長すること」です。

 

そして生産性を高めるために、能力に応じて役割を取得する時代が訪れました。それぞれが自分の適性に合った職業を選択し、必要な職能を身につけ発揮する時代になった。
つまり成長することは、「用意された成長パターンの一つを選び取って成長すること」に変わったわけです。

 

そしてこれからは、多様化と自動化とで、類型化された役割が無くなっていく時代です。人とは違う希少価値が必要な時代。自分だけが持つ特性・経験・価値観・環境を素材にして、独自の成長曲線を描くこが求められます。
つまり重要なのが「ユニークな成長パターンを見つけ出して成長すること」になってきています。

 

「ユニークな成長」とは?

“自分だけの進化の仕方”を理解し、それを戦略的に伸ばしていくこと。 他人の成功パターンをコピーするのではなく、 自分の特性に合った成長曲線を描くことです。
“自分の成長パターンを自分でデザインできる人”が強い という流れが確実に進んでいます。

提供価値を規定して、理想の未来を現実化

 

動物のオスは、メスと交尾しようとするだけで、子供を持ちたいと思って行動するわけではないそうです。

人間の男もオスの本能レベルでは同じなのでしょうけれど、「子供を持ち育てたい」という明確な意思を持って生活設計する男性もいます。

原因と結果の関係を把握したうえで長期視点を持つのが、人間です。

 

ところで、「子供を産むことのできる身体を持って生まれたからといって、その役割を期待されたくはない」そんなふうに考える女性も少なからずいます。もちろん役割は一人一人が自分の意志や価値観で選び取るもの。生き方は人それぞれ、ハラスメントにならない心遣いが必要です。

 

そんな中で、妊娠出産能力を活かして価値提供しようと思う人は、まずきちんと意思表示して、能力を戦略的に活用することが大切なのでしょう。

なにしろ人類の半分は「男」と分類された時点で、出産能力が無い事実が明白になってしまっているわけですから。少なくとも今はまだそうです。

 

いずれにしても、妊娠して出産する能力を持っていても、たいていそれを特別なこととは思っていません。

現代の女性は無意識のうちに胸や膣の価値ばかりアピールして、子宮の価値をアピールすることは忘れがち。

理想の未来を現実化することは、「自分がどのような価値を持つのか」をしっかり整理して、それを体現すること。

「子宮があるばかりに大変な目に合う」「女性ホルモンや生理に振り回されてばかり」と、女性の性や体を否定的にとらえないようにしたいものです。

 

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お金は有意義に使いたい


人を楽しませること、喜んでもらうこと、自分に興味を持ってもらうこと、影響力を大きくすること、そうしたことを意識していれば、お金の使い方も自然と目的志向になります。

同じお金を使うのなら、人間関係を豊かにしていきたいし、自己成長にちゃんとつながるよう有意義に使いたいもの。

大切なのは、一貫した世界観やコンセプト。ただ自己満足のために使うような痛い人にはなりたくないし、好きを世の中に発信して、共有できる人たちと繋がっていきたいですよね。

最初はほんの小さな一歩でいい。成長ループに入って、イキイキと輝きましょう!

リソース活用は実り大きくなるように


プロアスリートは、やがては身体能力が衰えることを知ったうえで、衰える前に身体リソースを最大限に磨いて市場で活かそうと考えます。

グラビアアイドルやセクシー女優は、やがては肉体的魅力が衰えることを知ったうえで、衰える前に身体リソースを最大限に磨いて市場で活かそうと考えます。

 

でも一昔前は、後者のような考え方は一般的なものではなかったようです。

「女の身体は添い遂げる夫に捧げるもの」そんな古い道徳観が残っていたから、性的リソースをビジネス活用する女性は愚かだという偏見につながっていたのでしょう。

 

まだまだ偏見はありますけど、古臭い道徳観が無くなってきたおかげで、女性が自分の身体を自由に使って未来を豊かにしようと計画することが、ようやく普通の選択肢になりました。

自分の身体をどう活かすかは自分で決める事。目に見えない圧力に押し流されたくはありませんよね。

 

できるだけ実りが大きくなるようにリソース活用を図るのは、当たり前に思えますけど、合理的な考え方には反発も付きまとうのですね。

 

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時代はモノからコトへ

高度成長期からバブル全盛の時代、人々は物質的豊かさを競いあっていました。

「最新モードの服を着たい」「カッコイ新車に乗りたい」「快適で安全な新築マンションに住みたい」、人々の旺盛な欲求は新しいモノへと向けられていました。

テクノロジーやデザインの進歩が多様化するモノへの欲求に応えて、選択肢を広げながら経済発展する時代でした。

 

けれども社会が成熟すると、モノを所有することへの憧れはしだいに小さくなっていきます。

 

そして今、「時代はモノからコトへ」と言われています。

「枠にとらわれない出会いや付き合い方がいい」「先端医療の妊娠法をとりいれたい」「常識に縛られない子育がしたい」、人々の旺盛な欲求は新しいコトへと向けられていきます。

テクノロジーや倫理観の進歩が多様化するコトへの欲求に応えて、生き方の選択肢を広げながら経済発展する時代を、私たちは生きています。

 

けれども、選択肢を広げるはずの価値観変化も、保守的な人たちから反発を受けたりするので、発展にはブレーキがかかりがち。なので、変わる必要性やそのメリットを説得力を持って伝えられる人(伝道師)が、重要視されるのですよね。

 

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