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エンタメ化の効用:インサイトを突く

 

今の日本社会には、大きなミスマッチがあるとチャッピーは感じています。そのミスマッチの内容は、「物質的豊かさ追求のために効率化されて出来上がった世の中の仕組みと、私たちの内側にある欲求とのミスマッチ」です。

 

だとすると、これからもっと豊かになるために必要なのは、そのミスマッチを埋めていくこと。物質的な豊かさを追い求める仕組みの陰で、抑え込まれた心理が、私たちの心の中には眠っています。そんな心理を呼び起こして形にしていくことです。

インターネットというツールを手に入れた私たちは、既成の枠には捕らわれずに、もっともっと多様で自由な関係で、欲求を満たしあうことができるはず。大切なのは、隠れた心理(インサイト)を掘り起こして満たす新たな関係性です。

 

けれども、そこには大きな壁があります。どこにもカテゴライズされていない、隠れた心理を露わにすることって、恥ずかしさとか、おこがましさとか、後ろ暗さが伴うもの。堂々と口にできない欲求だからこそ、隠れているわけですから。

それに多くの人は、誰かの理解できない心理を目にしたとき、必要以上にネガティブに捉えがちですよね。

 

「レンタルなんもしない人」さんの活動を見ていて思ったことは、そんな壁を乗り越えさせるパワーが、エンタメ化にはあるんだなってこと。依頼者は舞台に乗せられてエンタメコンテンツの主役になれる。

この社会はガチすぎる…「レンタルなんもしない人」が求められる理由

「世の中、こんなヘンな人間もいるんだ」と笑い飛ばしてもらうことで、背中を押されて吹っ切れることってありますよね!

   

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【スペクタクル社会】スポットライトを当てれば誰もが主役!

先日のブログで、組み立て生産性の向上を仕事にしているチャッピーは、「主役には縁遠い」と書いてしまいました。でも、そのあと考え直しました。そんな風に決めつけちゃダメだな、と。

 

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 ちょっと妄想を膨らませてみます。もしも私が社長になったとしたら・・

今の私がやっている仕事、こんなやり方で社外から募集できないかな?

まずは、現状の組み立て工程を動画にしてネットで公開。「『もっと生産性を向上できる』というプランをお持ちの方は応募ください」と募集。

応募してきた人に期限を定めて仕事を依頼。

新しいやり方の導入が予期せぬトラブルを生み出し、古くからの作業者から不信感を買ったりしながらも、試行錯誤を繰り返して、最後には大きな成果を上げる。そんな仕事の現場にカメラで密着して「プロフェッショナル仕事の流儀」みたいな動画にして、再びネットで公開。

有能な人が取り組めばカッコいい動画ができるはずです。エンディングにスガシカオの progress流れ出して、めっちゃテンション上がる、みたいな。

 

つまり、チャッピーの仕事だってスポットライトを当てれば、主役になれるってことです!

 

すこし現実に戻して考えてみます。

「プロフェッショナル仕事の流儀」までのクオリティはともかくとして、仕事ぶりが公開されるとなれば、誰だってモチベ上がります。

会社にしてみれば、プロジェクトごとに最適なフリーランスに委託すれば、やる気無い従業員を雇い続けるよりも、ずっと大きな費用対効果になる。

一方で請負う側は、得意分野でしっかり貢献できそうな仕事を選んで成果を上げられる。実績がアーカイブされて自分ブランドの構築に繋がっていくのだから、実力があればどんどん活躍の場が広がります。

つまり、お互いウインウインですよね。
 

要は、会社の内側をオープンにして、スペクタクル化してしまえばいい。そのためのIT環境はどんどん整備されてくるでしょうし、いろんな仕事がこんな働き方になって行くのではないでしょうか。

「プロジェクトベースで働く社会に」と言われているのも納得ですよね!

私に都合の良いゲームを自分で考え出してライフハック!

 

ゲーム業界では、プレイヤーを熱中させる様々な仕掛けが生み出されて洗練されてきました。みんながゲームに夢中になるのは、のめり込んでしまうような仕掛けが周到にデザインされているから。

そしてゲーム作りで磨き上げられた方法論は、様々な分野へと応用展開する取り組みがされていて、ゲーミフィケーションと呼ばれています。

顧客にお金を使わせる仕掛けを考えるのがマーケティングで、組織人が仕事にハマる仕掛けを考えるのがマネジメント。どちらも、目標達成のために人々を都合よくコントロールする方法論です。

そして多くの人が、誰かが考え出したゲームに熱中しています。もちろんそのゲームに適正があって輝いている人はいて、それで人生楽しめている人は幸せな人。誰も楽しめないゲームでは、流行るわけもありません。

 

一方で、少数派なのでしょうが、誰かが考え出したゲームには今一つ没頭できないタイプ、というのがいて、チャッピーはそういう少数派なのだと自覚しています。目の前にニンジンをぶら下げられると、かえって白けてしまうアマノジャクなんですよね。

なので、自分を楽しませるためにいつも、自分自身でいちいちゲーム化して楽しまないといけない。やりたくない仕事は「お願いゲーム」とか「太鼓持ちゲーム」とか「謝罪ゲーム」とか・・自分の中でゲームを作って、それ自体を楽しむようにモチベーションを保っています。けっこう面倒なのですけど。

 

ところで・・・
誰かが考え出したゲームにハマっていて、むしろ辛そうに見える人もいます。そういう人を見ると、「プレイするゲームを替えた方がよくない?」と心の中では、思います。

「私にマッチするゲームはどこにあるだろ?」とキョロキョロ探すのも、一つの手。ですけど、自分を楽しませるためのオリジナルなゲームを、自分自身で考えだすのも、一つの選択肢です。誰かの都合で考え出されたゲームをプレイするのではなくて、自分の都合で考え出されたゲームをプレイするライフハックです。

チャッピーの場合、一つは「ヒトの生態研究ゲーム」。
ですが本当は、それとは別に、仕事で大きな目標に向かっていくストーリーがあればいいな、と思っています。今はまだそのストーリーを思案中ですけど。

いずれにせよ、熱中できるゲーム作りのために、ゲーミフィケーションの勉強は役立ちますよ!

 


トリプルファイヤー "スキルアップ"(Official Music Video)

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自分の「好き」をコントロールしてライフハックしよう!

 

世の中には、人々のお金をできるだけ使わせるために、知恵を絞っている人たちがいて、マーケターと呼ばれる職業になっています。人がお金を払うのは特別なものに対してなので、仕事のポイントは、「ありふれたものでも特別なものと思いこませる方法」です。マーケターが産みだした仕掛けで、自分の人生を豊かなものにできますが、それにはやっぱりお金がかかります。

 

チャッピーは逆に、お金をできるだけ使わないで楽しめるライフハックを考えるようにしています。これは職業にはなりにくいのかもしれませんが、そのかわりに、お金が無くても自分の人生を豊かなものにできる。ポイントはやっぱり、「ありふれたものでも特別なものと思いこむ方法」です。

 

たとえば、聖地巡礼ってありますが、ファンにとって、作品の舞台となった場所は、ありふれた風景であっても、特別な価値のある風景に見えるということです。そして聖地に立ちたいという強い思いが、たくさんの時間とお金を使ってでも訪ねたいという気持ちにつながる。中には巡礼するだけでなくて、わざわざ仕事を新しく探して、移住してしまう人までいます。その場所に暮らすことで、人生が特別な意味に満ちたものに変わるからです。

 

私の住んでいる田舎町にも、ありがたいことに遠くから聖地巡礼に訪れてくれるファンがいます。ファンにとって、ここは特別な聖地です。

そして私自信も、自分の住むこの町を舞台とした作品にハマることで、見慣れた風景がワクワクする特別なものに変わりました。何一つ犠牲にせずに、この場所で暮らすことが、特別な意味に満ちた人生に変わるんです!

こんなにも魅力あるチャンスを見逃すのは、とってももったいない話ですよね!

もちろんチャッピーは、自分の住む町が舞台となった作品はなんでも、積極的にハマるようにしています。

 

こんな考え方に共感してくれる人って、なぜか周りにはいないのですが、「自分は何が好きで何が嫌いか」決めつけずに、フラットな気持ちで好奇心を広げて生きた方が、だんぜんお得ですよね!

 

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【パーソナルキャピタル形成】「何かをする対価としてお金を得る」という発想を止める

 

「『職業』という枠組みは取り払って『こんな人がいる世の中は楽しい、嬉しい』
 そういう人になれれば、生きて行く方法は自然と見つかる。」
・・・若い子たち、そんな自由な発想をする子も多いですよね。

 

「市場が縮小する日本では、すでにある職業はほとんどみんな供給過多だ。
 実りある人生にしたければ、
 まだ名の無い新しい仕事、新しい生き方をみつけ出せ。」
・・・なにしろ、大人たちにそう言われて育ってきた世代です。

 

「誰も歩んでいない道を進み、目指すは独自のポジション。
 就職はそのための一歩。
『労働の対価としてお金を得る』という発想ではレッドオーシャンまっしぐら。」
・・・積極的に人生を切り開こうという若い世代は、
就職を前にしてもそんな考え方をします。

 

逆にはじめから「賃労働に就く」という進路だけを考える人は、
「できるだけ安定したポジションを掴んで、何とかしがみついて生きぬこう」
といった考え方になっている人が多い。両極ですよね。

 

考えてみれば・・・
チャッピーのようなアラサー世代って、
既成のレールに乗っかりながらも前向きに生きようとしてきた、
最後の世代なのかもしれませんね。

でも、まだまだ人生これから。

今までの経歴を活かすユニークなポジションって無いだろうか?
この先、どうやってパーソナルキャピタルを形成していこう?

時代遅れの価値観は、アップデートしなきゃですね!

 

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供給過多な職業が増えている それでもみんな主役になりたい

日本では、クラシック音楽のコンサートがたくさん開かれていて、演奏活動をしている人もたくさんいます。

みんな、小さい時から演奏することが大好きで、長年にわたって専門的な教育を受けてきた人たち。ですがほとんどの人は、演奏だけでは食べて行けないようです。コンサートの目的はお金儲け以外にあって、「自分の演奏で人に喜んでもらえたら幸せ、認めてもらえれば幸せ」そんな思いが活動を支えているのでしょう。

 

スポーツや音楽やアートなどは、金銭的な報酬以外に大きな魅力や意義がありますが、そうした分野は、才能に恵まれたひとにぎりの人間だけが例外的に食べて行ける世界。なりたい人が大勢いるため、どうしてもかなりの供給過多になります。

ただ、その技術や資格を活かせる仕事は他にもあって、収入の裾野を広げています。たとえばピアニストであれば、レッスンだったり結婚式場でのBGM演奏だったり、ゴルファーであれば、レッスンだったり親睦コンペだったり・・・それらはたいていもっと地味で、主役を引き立てるような仕事です。

 

ところで日本では、モノづくりエンジニアも、だんだんと似たような状況になって来ていると感じます。つまり、モノづくりが好きで専門的な教育を長期にわたって受けてきた人でも、多くの人が設計・開発職では食べて行けない。あるいは行けたとしてもすごく薄給かブラックです。もともとエンジニアがたくさんいたから、今の日本で本当に必要とされる数よりも多い。供給過多なのでしょう。

それでも、これからはデジタルファブリケーションなどで「自分のアイディアを形にして認めてもらえれば幸せ」と、創作欲求や承認欲求を満たすためにモノづくりに励む人は増えていくのでしょう。つまり目的がお金儲けからはどんどん離れていく。そうなるとそれはもう、音楽とかスポーツの世界に近づいてきます。

 

それでも、才能に恵まれた一流のエンジニアは、プロサッカー選手のように「自分の能力を伸ばし活かせる最も相応しい環境」を求めてグローバル企業をわたり歩く。「ソニーからサムソンを経てファーウェイ本社へと移籍!」みたいな華々しい経歴を歩んで活躍する高給日本人エンジニアは今もいますが、国民の誇りですよね。これからは活躍の場が、地球上の様々な場所へとますます広がることは、間違いありません!

 

一方で日本国内に、専門スキルを持ったエンジニアの仕事が無くなるというわけではなくて、これからはファブラボで教える仕事などが増えるのでしょう。あとは、そこで作られたものが法律に反しないかチェックしたり安全性を監視したり、そういった部分が仕事として残るのではないでしょうか。

 

考えてみると、「主役になれる部分を仕事にするのは狭き門となり、それを支える仕事が残る」、こういう変化はいろんな分野で進んでいると思います。「好きを仕事に」という風潮で、特定の職業に人気が集中します。やっぱりみんな主役になりたいし、ドヤりたいですものね。

 

・・・なんにせよ、チャッピーのような、ど底辺エンジニアに主役は縁遠いわけですけど、「パチンコ部品の組み立て生産性の向上」などをいくら頑張っても、きっともう無理ゲーです(涙 

まだやってるのか、って言われそうですが。。

 

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【労働価値ゼロ経済】「使う喜び」<「使ってもらえる喜び」

お気に入りのものを買うには、まずは、気にいるものとの出会いが大切ですよね。

インターネットが無い時代には、いろんなお店を探し回ったり、遠くのお店まで行ったり、今よりもずっと大変だったようです。私のように田舎に住む人間ならばなおさら、地元では手に入らないものをわざわざ上京(死語?)するとかして、出会うまでの苦労があったと聞きます。出会うまでが大変だからこそ、手に入れた時の喜びも大きいし、所有していることが自慢にもなったのだと思います。

 

インターネットは探し出す力をものすごく強化してくれたわけだけど、便利さとひきかえに、手に入れる喜びは薄らいでしまいました。つまり出会うまでの苦労が無くなった分、単に「欲しいものを手に入れて使う」というだけになってしまった。

ネットショップは私の欲しがるものを探し出して、次々にレコメンドしてくれます。レコメンド機能が進化するほどに、便利にはなるけれど、出会いの喜びは失われて行きます。

 

ところで世の中には、欲しいものを自分で考えて作る、という人もいます。

昔は、素人が自作したところで、自分で使うか、ごく近しい人にあげるかしかありませんでした。

ですがインターネットが探しだす力をものすごく強化してくれたお陰で、私が作ったオリジナル品を、はるか遠くから見つけ出して「欲しい」と言ってくれる人が現れる時代になりました。自分が良いと思って作ったものを、見ず知らずの誰かが気に入って使ってくれる。承認欲求を何よりも満たしてくれる話ですよね!

そしてこれからは、レコメンド機能やマッチング機能がさらに進化するので、地球の裏側からでも私の作ったものを「欲しい」といってくれる人が、もっと現れやすくなるはずです。

 

つまり、技術の進歩によって、「誰かの作ったものを自分で使う喜び」は小さくなっているけれど、代わりに「自分の作ったものを誰かに使ってもらえる喜び」はものすごく広がっている、ということです!

 

これからは、オリジナル品を作るためのデジタルファブリケーションや、いろんなスキルを持った人どうしで協働する仕組みが、どんどん充実してきます。時間的なゆとりも精神的なゆとりとも手にして、承認欲求や創作欲求を満たすための活動をする人が、どんどん増えてくるでしょう。つまり「労働の対価はいらない、自分の欲求さえ満たせれば」と考える人によって、無償の生産活動が多方面で活発に行われるようになります。そうなれば誰もが、お金をかけずに豊かな暮らしを送れる時代になるはずですよね!

 

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