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序列づけたい欲求と多様性フォビア

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チャッピーのように底辺企業にいると、AV女優さんや性風俗で働く女性を見下す人なんて考えられないので、ネットで差別するような意見を目にすると、異様に感じてしまいます。

この違いはどういうことなのかな? と考えてみました。


まず、うちの会社の女性の場合、私を含めてですが、「そもそもそういうお仕事で稼げそうもないスペックの女性だから底辺企業で働いているので、羨むことはあっても見下しようが無い」。こういう説明で、みんな納得ですよね。
(でも例外的だけど、パートの人で兼業風俗で頑張っているママさんもいるんですよ!)

次に男性の場合について考えてみます。

自分とは価値観の異なる人を嫌悪して排除しようとするメンタリティを、「多様性フォビア」と呼ぶのだそうです。性風俗の女性を叩いたりする動機も、多様性フォビアだと言われています。


ところで、自分はダメ人間だと思っている、うちの会社の男の人たちには、多様性フォビアなんて無い気がします。ここにあるのは、
「お前も役立たずだよなー」
「いや、お前ほどバカじゃねーよ」
「なんだよ、お前ほど嘘つきのクズじゃねーし」
みたいに口汚く言い合いながらも、「多様な」ダメさを認め合い、馴れ合っている世界です。


思うのですが、多様性フォビアって、上昇志向の強い人たちの中に生まれるのじゃないかなぁ。
そういう人たちって、「上昇するとは何か」についてなにか一つの価値尺度を持っていて努力するわけでしょう?
そして努力して高みに上がった自分は、下の人間から「羨望されたい」、自分より下の人間を「見下したい」ってなる。
ところが周りの人間が自分と同じ価値観を持っていないと、空振りに終わってしまって、そういう欲求は満たされません。
中にはそれが「許せなーい!」ってワナワナしちゃう人も出てくるんだと思うのです。
まあ、人間の価値観とか生き方なんてそれぞれなんですけどね。
でもこういう人たちは、人間をまるっと自分のモノサシで序列づけたい・・
多様性フォビアってそんな感じじゃないでしょうか。


知的能力を高める努力をしたことで高い地位を得た人は、知的能力を高める努力をしない人を見下したい、価値あると信じる地位を目指さない人を見下したい・・
それで、セクシャルな資質に恵まれた人が、その能力を伸ばして活躍していることとか許せなくて、過小評価したり、存在を否定したり、機会を奪い去ろうとする醜い行動に走るんだと思います。

 

 

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